温かい日差しが、生ぬるい風と共に肌を撫でる。ほんの微かに藁の匂いが混じる。いや、木――自然の香りと言うべきか。

 僕は大きく腕を伸ばし、体を伸ばす。そして朝日を拝み腰に手を当てて日の出を眺めて楽しむ。最近のここの気候はつい最近まで冷え込んでいたというのにもう温かい。ここ最近は気温が上がったり下がったり何かと不安定だ。

 軽いストレッチをして服装を整える。衣服は軽め。布の生地をうすくした服装はちょうどいい心地よさを保っていた。

「さーて、今日も頑張りましょうか」

 誰に言うわけでもなく、僕は独り声を上げた。

 

 

 

 

 

「百花」

 

 

 幻想郷。ここはそう呼ばれている。多くの妖怪たちと僅かな人間たちが住んでいる。結界によって幻想郷が閉鎖された為、外の世界とは異なる精神・魔法を中心の独自の文明を築き上げてられている。

 僅かな人間が住むのが、この人里。決して大きくはないが、里と呼ばれるだけのモノは備えられている。各個に家を持ち、人それぞれこの幻想郷を生きていくために商売などの仕事を行う。

 僕だって、その1人だ。生きていくために自分の技術を奮い商売を行っている。なんら他の人と変わらない生き方をしている。

 ただ、少し変わったところといえば、自分がこの幻想郷の人間ではないことだろうか。

 僕はこことは別世界を生きてきた人間だ。ここの言葉で表すなら「外来人」と呼ばれる存在である。

 僕が生まれた場所は東京世田谷区。現実世界に居たごく普通の人だった。料理と経済が大好きで東京○○大学に入学しながらも、近くの店で料理人として雇われていた。まだ、学生の身分なのでバイトとして働いていたが父母共に料理人だったせいもあってか。僕の技量はそこそこなものだったためにバイトながら重要な仕事を任されていたのだ。

 僕が、こっちに来たきっかけは覚えていない。気がついたらこっちに来ていたし、何があったのかを模索する必要性もなかった。

 最初は戸惑ったが、今ではすっかりとこちらに馴染んでいる。

「おはよう、智也。今日もいい天気だな」

 声を掛けられて振り向くとそこにけー姉が買い物袋をぶら下げて立っていた。

 上白沢慧音。それが彼女の名前だ。里の中で先生として子供たちに寺子屋を開いている。僕の恩人でもあった。

 ここに来た時に拾ってくれたのが彼女であった。僕が倒れているところを偶然に見つけて、その時はすごい発熱があって危険だったらしい。

 医者からの処方された薬を与えてくれて一生懸命看病してくれたのだ。

 彼女には本当に感謝している。

「慧音。おはよう」

「どうだ、最近は」

「まぁ、ぼちぼちやっているよ」

 僕が笑顔を見せてそう答えると慧音は何度も頷き、慧音もまた笑顔を見せた。

 

 

 

 

 


 僕が幻想郷でちょっとした料理店を出そうと、いやこの幻想郷で料理を始めたきっかけはたいしたことではなかった。些細なことであった。あの時の自分はまさかこんなことになろうとは思ってもいなかったし、ましてやここでの生き方がすべてきまるなんてことは思ってもみなかった。

 きっかけはある一軒の古い居酒屋だった。

 そこではもう年老いたじいさんが一人、経営していた。けー姉の家とは近かったが、そこまで目立った店ではなかったから、僕はすぐ近くに居酒屋があるとはしらずに、その先の料理店をたまに利用していた。偶々目に入った居酒屋「春菊」は貧相な外装と悪くいえばそっけない、良くいえばシンプルな内装でできていた。

 僕は何かに引かれるようにしてその居酒屋に入り、じいさんと出会った。

 彼の作る料理を食べた瞬間、思わず涙が出た。

 理由はよくわからない。本当によくわからない。その料理は対して慧音の家で食べる料理とさして――いや、どちらかといえば慧音が作る料理のほうが味的にはおいしかった気がする。

 それでも、味とは別に何かがこみ上げてきたのだ。

 うまいとか、そう言った次元ははるかに超越していた。

 一言で言ってしまえば、親父たちが作る料理とよく似ていたのだと、後になって思う。(もちろん、味はその料理の何十倍も美味いが)

 僕が一人泣いていると、爺さんが驚いた様子で駆け寄ってきてこういった。

「おどろいた。あんた、この味がわかるのか」

 僕はおそらく、この爺さんが最初に放った言葉を一生涯かけても忘れないだろう。

 嬉しそうに、けれども寂しそうな顔でそう言った爺さんを見て、僕は何も言わずに食事を再開した。

 それからだ。僕が自然にこの「春菊」の厨房に入ったのは。

 僕は爺さんの弟子なのだろうか?と考えた時がある。でも、どちらかというと、孫みたいな存在だったのだろう。爺さんにとって僕は。

 爺さんに幻想郷での調理の仕方や調理器具の使い方を教えてもらいながら、春菊を手伝い続けた。

 そして、1ヶ月後、昔の知人が訪ねてきたその3日後。爺さんは不治の病で倒れてそのまま亡くなった。

 爺さんは死ぬ間際に僕にこの春菊を預けてなくなった。爺さんが死んだ時は悲しかったけれど、涙はでなかった。そればかりか、一晩過ごすと、驚くほど素直に爺さんの死を受け入れた。

 爺さんが毎日のように「ワシはいつ死ぬかわからん」とぼやいていたからなのか、それとも何かほかに要因があるのかはわからない。

 でも、爺さんは死に僕にこの店を託してくれた。なんで元気だった爺さんが死んだのかという疑問よりも、この店を立て直そう。と考えることが勝っていた。

 慧音に事情を説明すると、彼女はすこしさびしそうに、けれども嬉しそうに微笑んでくれた。

 こうして、僕は幻想郷に来て一ヶ月足らずで自分が進むべき道を見つけ、今もこうして爺さんの代わりに「春菊」を営んでいる。

 前は居酒屋として経営していたが、今では料理店として経営している。爺さんに僕のすきな料理をここで作ってくれと頼まれたのだ。生憎、ここの料理は僕の料理ではなかった。だから、僕が持てる力量を持って、春菊を大きくする。僕が好む料理を持って、爺さんが残したものを守る。

 そう、決めたのだ。

 

 

 

「さて、今日もがんばりますか」

 手拭いを頭に結びつけて、僕は腕まくりをして厨房に立つ。

 爺さんから受け継いだ包丁を片手に、今日もまた、調理を開始する。

 やはり、今は客はまったくもってこない。来たたとしてもちょっと店に顔出してすぐに去る。

 そんな春菊だけど、いつか大きくしてみせたい。

 僕の作った料理を多くの人に食べてもらいたい。

 そのために、今日も料理に研究をする。少しでも、僕の料理を。少しでも向こうの料理に近づくために。