僕は偶に自分が嫌になる。とてつもない自己嫌意。

 この完璧な顔!かしこすぎる頭!運動神経抜群のこの肉体!そして、世界一美味しい料理!家事すべてをこなし、向こうではもうモテモテ。

 本当に全てにおいて完璧なこの僕。まったくもって嫌になってしまう。

「だからよぅ……こんなにも僕は完璧なのによぅ……親父になんで勝てないんだよ……あれ、反則だろ、チートだよチートォ!!」

「うるさいわねー。食っちゃうよ?本当に食うよ?」

「なんだよ!春菊の爺さんもうちの親父も。食べた瞬間涙が出るんだぜ?マジでありえねーよ。美味すぎだよー俺にも教えろよー」

「いい加減にしなさいよ、本当に食べちゃうわよ!?いいの?逃げなくて」

「おうおう。いいぜー食っていいぜー。この僕の完璧で素晴らしい肉体が欲しいんだろ?ふふふふふ。見かけによらずエロイねー」

「……あぁー!もう!何なのよ!あんた!?」

 なんだか喚いて少女は頬を膨らませた。

 金色に光る短い髪をなびかせて黒い少女はこちらをキッと睨んだ。

「あぁ……いいね。ゾクゾクきちゃう……」
 
「月付『ムーンライトレイ』」


 

 

 

 


11話「納豆」

 

 

 

 

「本当に、なんなのよー」

「へへへ。wwwうぇwwwwうぇwwww」

 少女がため息を吐き、青年は笑いを飛ばす。ある森の中辺りは暗闇に囲まれて居る。

 青年は普通の人間、少女は妖怪。幻想郷であらば大概は食う食われるという行為が成立するのだが闇の少女『ルーミア』はこの青年の対応に困っていた。

 本来ならばルーミアが食す人は自分が食べられるという行為に危機感を覚える。

 恐怖が体を支配し、必死に自分の命を守るために逃げるか戦うかするだろう。しかし、この青年は違った。

 あろうことか、ルーミアの前で酒を飲みさらに愚痴をこぼしたのだ。

 今までとは違った人の行動にルーミアは戸惑いを隠さずにはいられなかった。

「あんた、何でそんなに酔ってのよ」

「あー?べッツにいいじゃーん?俺が酒を飲もうとかんけーねーじゃん?というかほら、ね?大人には色々あるんだよ?」

 実はこの青年――智也は宴会準備のために博麗神社に向かう途中水を飲もうとしたところ間違って「鬼神殺し」と呼ばれる極上の酒を飲んでしまいそのアルコール濃度に卒倒。酔い余って道端に落ちていた変なキノコを食べて更におかしくなったのだ。

 当然、そんなことルーミアには知る筈もなく腹が減ったので食べようと思った人がこんなにおかしいとは思ってもなく。この状況に困り果ている。

「だーかーらー。食っちゃうわよ?本当に食っちゃうわよ?」

「おう、どんと来い!」

 一般人ならば逃げまわるものだとずっと思ってきたルーミアにはこの青年がすごく不思議で不快に見える。

 先月に食べた人間は必死に逃げまわったと言うのに、おかしいわねー。

 ルーミアは思う。しかし、もう一度よく考える。この男は食っていいと言っているのだ。なら何を躊躇う必要があるのか。食ってしまえ。

「どうせ僕はダメ人間なんだ……不細工だし、料理も下手だし……ノロマだし……女の子にはモテないし……僕はダメダメの人間なんだ……うぅ……うぅ……」

 今度はあんなに自分を否定しはじめた。ちょっと前までは自分は顔が良いのだの、完璧など言っていたのに。

「あー何なのよ……」

 ルーミアはため息を吐く。この男とあってもう何度目のため息だろうか。段々と頭も痛くなってきた。

「うぅ……そこの妖怪さんや……」

「……なによ」

「どうか、このダメ人間を食ってやってください。俺は料理人。俺のために散って行った数々の食材たちのように。誰かの為に誰かの胃袋を満足に出来るのなら……僕は……うぅ……」

「本当にいいの?」

「えぇ。どうぞ、僕を食べて下さい」

 ルーミアはもう一度考える。いや――何を考える必要があるのか?

 私は妖怪、こいつは食べてもいい人類。

 それだけだ。

「じゃ……『いただきます』」

 自然と笑みが溢れる。久し振りの人類だ。ゆっくりと味わおう。ゆっくりと手の伸ばす。さぁ、どこから取って食おうか。足?手?胴?頭?

 腕を広げルーミアを誘う青年の首筋を掴む。

 やっぱり――首からね。
 
 口を開いた。後はこいつの喉を噛みきれば――

「!?」

 体が硬直する。

 何が起こったのかよくわからない。

「え?え?」

 何をされたのか、と言われればおデコにキスされたと答える。しかし、思考が絡んでよくわからない。

 青年がルーミアの体を包み込む。

「君……かわいいね……ふふふふ」

 耳元で囁かれてルミーアは自分が今何をされたのかようやく気がついた。

「……う、うううぁああああああああああああああ!?」

 青年の体を突き飛ばして、ルーミアはわけもなく叫んだ。否、叫ばずにはいられなかった。

 なんなのだ!?この男は。一言で言うなら気味が悪い。もっと言うなら気持ち悪い。ルーミアでもわかる。こういう男を『変態』と言うのだ。

「きゃあああああああああ!?」

「うへへへ……逃げるなよー僕を食うんじゃなかったのかい?」

「来ないでええええええええ!」

 ルーミアの思考は完全にパンクしていた。

 今までこういう人類、つまり――『変態』とは会わなかった。だからこそ恐怖した、人は襲えば逃げる。だけど、どうだろうか。あろうことかこいつは――こいつは――。

 顔を真っ赤に染めてルーミアは必死に逃げる。闇を操って逃げることもスペルカードを使い青年を倒すことも、自分が空を飛べることもなにもかもが頭から飛び去り彼女の奥そこに眠っていた逃走本能だけで体を動かす。

「はぁ……はぁ……」

 ルーミアは振り返る。もうあの変態は追ってこない。

 疲れた。体が重い。

 そこでようやくルーミアは自分が走ってきたのだと認識する。
 自分は空を飛べたのに。

「人間は……時々恐ろしくなるものなのね……」

 自分のデコに触れる。
 
 変態にキスされた。デコだが。

「あの男……今度あったら八つ裂きだわ……」

 ルーミアは静かに復讐を立てた。

 妖怪が人から逃げる。

 妖怪が人を襲う幻想郷である森の中でそれは起こった。

 青年は一応は救われたのだろう。

 取って食う妖怪が『変態』とは会ったことがなかった。そうして妖怪がとった行動が「逃げる」ことだった。

 もし食う妖怪が「変態」が取る行動に逆上して変態を食ってしまったら?青年は死んでいただろう。

 なら、青年は運が良かったのだろう。彼は幸運に愛された男と言えよう。

 

 

 

 


「お前……なにしてんだ……?」

「おうー魔理紗―元気ですかー!」

 幻想郷の森の中で宴会に向かう途中の白黒魔法使いと出会ったのもまた、幸運の出来事であった。