僕はひとりだった。

 親父とお袋は毎日自分の店で働く。休む暇もなく、ただひたすら働いていた。

 その甲斐もあって僕は裕福だった。僕が頼むと親父とお袋は僕になんでも買ってくれた。ゲーム、本、おもちゃ等。だが、僕はそんなものは本当はいらなかった。

 ただ、2人に見てもらいたかった。2人と一緒に遊びたかった。お話がしたかった。そのために僕はせがんだ。これ、買って。一緒に遊ぼうよ……

 だけど親父とお袋は忙しい。テレビの取材や企画で何日も家にいない日も多くなった。

 だから、僕は厨房に立った。

 包丁を握り、フライパンを手に取り料理を始めた。親父とお袋に見てもらいたくて、食べてもらいたくて、お話がしたくて。

「父さん、母さん。僕、料理を作ったよ」

 慣れない包丁で真っ赤に染めた手で2人に料理を出した。

 その日、僕は初めて親父に叩かれた。

 

 

 


12話「銀舎利」

 

 

 

 


「……」

 知らない天井だ。

 どうやら寝かされていたらしい僕は体を上半身だけ起こして周りを見た。僕は、どうしてここで寝ているのだろうか。見たところ慧音の家でもないし、僕の家でもない。さらに言えばちょっと前の記憶が曖昧だ。

「……」

 僕は軽く頭を振る。

 久しぶりに夢をみた気がする。なんの夢だったか、とても懐かしい夢だ。

 額に手を当てようとすると、僕は目から何か生暖かい物が出ているのに気がついた。

 涙だ。

 ちょっと驚いて僕はしばらく呆然としていると誰かが部屋に入ってきた。

「やっと起きたのね」
 
 声がして僕が見るとちょっと久しい顔が居た。ブレザーのようなものを着込んで、兎の耳をもち、銀色の髪をなびかせた女性。

 鈴仙・優曇華院・イナバである。実にながったらしい名前だが、これが本名なのだから仕方がない。

「鈴仙……?」
 
 彼女がここに居るということは、ここは永遠亭ということになるのだろう。と、いうことはまた何か僕はやらかしてしまったらしい。

「貴方、まる3日寝てたのよ。また何で私が貴方の世話をしなければならないのよ……」

「……」

 まだ頭がぼやけているためかすぐには反応できない。また、というのはきっと僕が熱を出した時のことだろう。

「……悪い」

 取り敢えずは謝っておくとする。

 鈴仙はそんな僕を軽く一瞥した後にミニスカのポケットから一枚のハンカチを取り出した。それをちょっと乱暴に僕の前に突き出す。

 驚いて僕はハンカチを見た。

「涙、拭きなさい」

 どうやら見られていたようで、軽く礼を述べて僕はハンカチを手に取った。流れた涙は微量だったものの何故か目が痛かった。

 ハンカチを目に押し当てて僕は息を吐く。ほんの少しだけ女の子の香りがした。

「有難う。鈴仙」

「御礼なら師匠と魔理紗に言いなさい」

 そう言って鈴仙は持ってきた薬を僕に飲ませた。口の中に嫌な香りと味が広がる。慌てて水でそれを飲み干した。

「あら智也、起きたのね」

 そこへもう一人の女性が現れた。編んだ髪とチャイナ服。八意永琳さんだ。永遠亭の医者をやっている。いや、医者と言うより薬剤師か。

「……俺はどうしたんでしょうか」

 薬の苦味に顔を歪めながらも、僕は永琳さんに尋ねた。すると、永琳さんは少しため息をついて軽くカルテを見た。

「恐らくは、毒性の食べ物でも食べたのでしょうね。脳神経が刺激されてまともな思考判断や会話能力ができなくなっていたわ。あなた、危ないところだったのよ?何を血迷ったかしらないけどアルコールを必要以上に摂取しているし、魔理紗が見つけてここに運ばなかったら今頃死んでいるわ」

 永琳さんはそういってちょっと呆れたようにして肩をすくめた後もう一度ため息をついた。

「今は安静にしておきなさい。まだ毒が抜けきってないみたいだから暫くはここに泊まっておきなさい」

「わかりました……ありがとう御座います」

「何かあったら私かウドンケまで言いなさい」

 永琳さんは薬などを僕に飲ませた後、何やら仕事があると言って出て行った。鈴仙もそれに続いて出ていく。

 誰もいなくなった部屋で僕は敷かれたベットに横たわる。

「……」

 次第に眠気が襲ってきて僕は目を閉じた。

 

 

 

 


 僕には、料理しかなかった。決して頭がいいというわけではなくスポーツもそんなに得意ではなかった。

 親父とお袋に認められる。

 その事しか頭にはなく、幼稚園からずっと調理器具を握り、一心不乱に料理をやった。親父に殴られようが、僕は料理をし続けた。だって、そうでなければ親父とお袋に認めてもらえない。お話ができない。それに、店の手伝いだってできない。親父に見てもらいたかった。おふくろに「美味しいね」って言ってもらいたかった。だから、僕は料理をする。

 小学生になり、中学生になる。友達なんかいらない。必要ない。僕は料理さえできればそれで良かった。

 高校生になった。その頃になってようやく親父とお袋と「話」が出来るようになった。だけど、いつの間にか僕はそんなことどうでもよくなった。

 料理がしたい。それだけだ。

 それだけ……?

 専門大学に入ろうと思っていたけれど僕はなぜか普通の大学に入った。

 何故だろう?

 親父が死んだ、お袋も死んだ。だけど料理は死んでいない。


僕はひとりじゃない。

 


……あれ?何で2人は死んだんだっけ?

 

 

 

 

 


「なんだよ……ちくしょう……」

 涙が出る。なんでかはわからない。ただ、随分と嫌な夢を見た気がする。

「あーあー。こんなの俺じゃねーよ」

 もっと僕はちゃらけていたはずだ。お気楽に生きていたはずだ。こんなしみたれたのは僕じゃない。

 涙を拭く。鈴仙のハンカチだ。

 きっと毒のせいで心が緩んでいるのかもしれない。外を見る。辺りは暁の光を受けていた。

「……あーまったくもー」

 僕は立ち上がる。前に来たときにおおまかにここの案内はされた。台所までの道なら覚えている。

 無性に料理がしたくなった。勝手に動いて怒られてもいい。取り敢えずは料理がしたい。
 
 包丁を使って野菜や魚をさばいて、フライパンを使って肉を焼き、僕だけが作れる料理を作る。

 味加減に気を使い、火加減に神経を使う。そして、作った料理を食べてもらって美味しいって言われたい。

 僕はそっと部屋から抜け出し、台所へと向かった。

 今朝は何をつくろうか。永琳亭の人たちは朝いつも何を食べているのだろう。

 僕はちょっと軽い足取りで台所まで歩く。嫌な夢のことなどすっかり忘れていた。