「春菊―」

「なんですか、姫様」

「これ作ってー」

「……ケーキっすか。無理です。俺はそっちは詳しくありませんし、それに調理方法もイマイチ把握できてません」

「大丈夫だわ、春菊ならなんとか出来るわよ!」

「あのですねー一応はまだ自分薬の影響で、今も若干体調が――」

「お願いだわ、春菊……」

「……はいはい。やりますよ。やればいいんでしょう」

 

 


15話「糸蒟蒻」

 

 


 あの春菊という人間の男がこの永琳亭に再び現れて3日目の昼。今のところあいつが変な気を起こしたりはしていない。

 師匠は大丈夫だとは言っていたけれども、あの人間のことだ。油断はできない。

「あら、何かしらこの匂い……」

 考えながら廊下を歩いていると台所から良い匂いが漂ってきた。そのまま釣られるようにして私は台所に入っていく。

「うぁ……なにこれ……」

 台所のテーブルにとても綺麗な装飾を施してあった食物があった。白く光っており、何段かの層がある。トップには苺が載せられている。(その側に食べてはダメと、書かれている)おそらくは春菊が作ったものだろう。あいつは男のクセに料理が驚く程上手い。それは私も認める程だ。

「甘い匂いがする……」

 よっぽど時間を掛けて作ったのだろう。それも思考錯誤をこなして。それは台所に散らかる、あらゆる機材と材料を見てからもわかる。

 ゴクリ……。

 私はその食べ物に手をかけた。そばに置いていたフォークを手に持つ。

 そう……これは毒味よ。あいつが変なものを姫様たちが食べさせないための毒味なんだから……。
 
 フォークを使ってその食べ物の端を取って私は食べた。

「……なに、これ……!」

 私は思わずフォークを取り落としそうになる。甘い味とやらかいスポンジみたいな感触が口の中を支配する。

「おいしいわ……」

 思わず手が進み、自然と口に入る。手が止まらない。

「あいつも、中々やるじゃない」

 料理は上手いとは思っていたもののまさかここまで凄いものまで作れるとは。

「……あ」

 そして、気がついた時にはすべての白い食物がテーブルの上からなくなっていた。これは少々まずいのではないのだろうか。

「ま、まぁ大丈夫よね。あいつの事だし、それにこれをどっかに隠しておけば――」

 私はちょっと慌てて食べ終えた皿を片付けようと手にかける。と、そこで一枚の紙が置かれてあった。そこにはこう書かれてあった。

『食べてはダメ!  姫様専用  by春菊』

「……」

 ま、まずいわ……。

 これは相当マズイ……。よりにもよって姫様のだなんて。

「……見ちゃったウサ」

「……!」

 凄まじく嫌な予感がして私は振り返る。するとそこには如何にも「あ、イイカモみーつけた」と云う顔をしたてゐがそこに居た。不気味に「ウサウサウサ」と笑っている。

「て、てゐ……?」

「てゐちゃん見ちゃいました。鈴仙姉サマが姫様が春菊に作らせて今でも大切に待ち望んでいる、大事な大事な『けーき』を食べてしまったところを……」

「……!」

「きっと姫様も怒るでしょう……そしてお師匠様からもキツーイお仕置きが――」

 くッ……侮ったわ……まさかこんなところを一番最悪なやつに見つかるなんて。

「……要求は何よ」

 私はもう諦めたと言わんばかりにてゐに問いかける。こいつの事だ、きっと何かしらの要求で飲んでくれるだろう。

「ウサウサ。話が早くて助かるよ。そうね……今週の掃除と夜勤警備。それと迷いの竹林のパトロールをすべて鈴仙がやってくださいな。それで手を打つわ」

「……わかったわよ」

 さすがにそれは、と言いかけたが私はその言葉を飲み込んだ。

「では、この書類にサインを」

「徹底してるわね……」

 てゐがもつ書類に私は自分の名前をサインする。

「ちなみに狂気の波長でこっち見てもダメだからね」

「そんなこと……しないわよ」

 しまったっ!その手があったか。しかしながらもう遅い。そのまま流れるようにしててゐの書類にサインを書き、そしてそれを渡す。

「これでいい?」

「ウサウサ。毎度あり」

「これで、あの食べ物を食べた事は黙ってくれるわよね?」

「もちろん。私は嘘を付かないよ。それに契約書にも『私は』あなたが行ったことを決して他人言しませんって書いてあるしね」

 私はほっと胸をなで下ろす。だが――

「でも、鈴仙はもっと考えて行動するべきだよ」

「えっ――きゃぁ!」

 てゐの言葉とともに突如気配を感じて私は振り返る。そして、それと同時にいきなり耳を捕まれた。

「あ、あはははは……」

 そこには阿修羅の顔のあいつが居た。もの凄い形相に私は笑うしかない。

「鈴仙、ここにあるケーキ。知らないかい?」

「しししし、知らないわよ」

「そうか……おかしいなーここに置いてあったんだけどなー」

 やや間が開いて再び春菊は私に尋ねる。

「……本当に知らない?」

「し、知らないってば!しつこいわね!」

 こうなったらとことん白を切ってやる。私はそっぽ向いて答えた。

「そうか……なら、その口元についているクリームはなんだ?」

「!!」

 慌てて口元を拭う。そこにはあの白いものがたっぷりとついてあった。

「てゐ!目標を捕獲だ!」

「了解!」

「きゃあああ!?ちょっとてゐ!?この裏切りものおおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 

 


「姫、犯人を捕獲しました」

 縄でぐるぐる巻かれてながらも姫様の部屋に連れていかれた私は現在春菊とてゐに捕獲されている。

「いかが致しましょう?」

 春菊が頭を深く下げながら姫様にそう問う。

 な、なんなのよ、これ……。

 まるで罪人を処罰する前みたく、私は緊張でちょっとお腹が痛くなる。

「そなたが我の『けーき』を勝手に食べたものか」

 ……姫様?

 なんだか姫様の言葉使いがおかしくて私は思わず姫様をマジマジと見た。いつもより着込んだ服と、何故だか扇子をもっている。その扇子で顔を隠しているために今、姫様の表情はわからない。なんだか今の姫様はとても気品あふれているようだ。

「春菊が我のために作ってくれた『けーき』を食べた罰は十分に重い、如何なる罰も受ける覚悟をせよ」

「……は、はい〜」

「して、こやつに相応しくもっとも良い罰はなにかないかの」

「姫様!私、ひとつ提案が御座います」

 てゐ(裏切りもの)が姫様になんとも嫌な笑みで声を上げる。

「ふむ、申してみよ」

「はい、実は……ゴニョゴニョ」

「ふふっ……くすぐったいわ……てゐ」

 あ、ちょっと素に戻った。

「ゴホン!」

 春菊がわざとらしく咳を立てる。

「なるほど……良い案じゃ」

「気に入ってもらえて幸いです……ウサ」

 な、なんだかてゐがすごく嫌な笑みをこちらに浮かべているわ。

 私はすぐさまここから抜けだそうとしたが、足も縛られているためにうまく動けない。

「そなた……名はなんと申すか」

「ひ、姫様?」

「我がなんと申すか聞いておるのじゃ、答えよ」

「鈴仙・優曇華院・イナバです……」

「ふむ。ではイナバ、そなたに罰を与える」

 ……ゴクリ。

 てゐの事だ。きっととてつもなく嫌な罰に違いないわ。きっと兎鍋と称して鍋に入れられたり、姫様の遊び相手と称して無理な弾幕ごっこに突き合わせれたり、修行だと称して師匠の危ない実験に使われたりして――

「ここに居る、春菊に1日ついて彼の言う命令をすべて聞くのじゃ」

「いやあああああああああああああああああ!?」

「えぇ!?そんなの台本になか――って言うかそこまで嫌がれると俺、すごくショックなんだけども……」