「ほら、親父殿」
「お、おう。あ、あ〜ん」
モグモグ
「うっ……うっ……」
「ど、どうしましたか親父殿!」
「いや、すまぇ先生。なんでもないんだ。ただよう、後輩のことを思うと申し訳なくてよぉ(幸せすぎて)」
「親父殿」
「ははっ……先生の作ったもんは本当にうめぇよ、ありがとうな、先生!」
「親父さん、それ俺が作った」
「……」
「……」
「うぁあああああああん!春菊の馬鹿野郎ー!!」
18話「針生姜」
「ほほう、やはり慧音が目的だったか」
「くっ……さすがは春菊!……俺っちが認めた男よ……!」
慧音には出て行ってもらって僕は親父と二人で会話する。どうやら、妖怪に襲われたのは本当らしく、それでもたいした怪我ではないのだが慧音が看病しているらしい。
理由は一つ、彼の武勇伝にある。
親父さん曰く、彼とその部下(後輩)が村はずれにある小さな家を依頼で直しに行ったところ、その帰り道妖怪に襲われたらしい。
幸いにも怪我をしたのは親父さんだけである。
「俺っちはこう見えて強いんだぜ?」
親父さんが後輩を庇い、殿を務めて人里までかえってきたという。
「なるほど」
「いや〜俺っちは平気だって言うのだが、先生がどうしても看病したいらしくてなー」
その不気味なニヤケ顔はヤメなさい。
「しかし、それだったら、永琳亭の永琳さんに来てもらって診査してもらえれば――」
僕が声を上げると同時にその図太い大きな手が僕の肩を掴んだ。あまりの強さに僕は言葉を切る。
「俺はあいつらが大っキライなんだ……!」
親父の目は確かになんらかの恐怖で犯されていた。
……あぁ、これは何かされたな……。
最近聞く永琳亭の噂では永遠亭の美人薬剤師を口説いたものには大人な対応とほんの少しの悪戯心で罰せられるらしい。と、聞く。
「もう、絶対あいつが作った試作薬品なんて俺は飲まないぞ……」
何を、飲まされたのか。そいつは聞いて置かないであげよう。
「さて、そろそろ俺もお暇させていただこうかね……」
そう言って親父さんは立ち上がる。
「あれ、ここに泊まるんじゃないの?」
「おおおおおおお泊り!?」
あ、動揺した。大袈裟に反応して親父さんはすぐにその後深呼吸をして呼吸を整える。
「な、なに、さっき言ったろ?対した怪我じゃないってな」
ようするに、これ以上慧音の家に、ましてやお泊りなんぞ心臓が爆発しそうだと。そういう事ですね親父さん。
めんどくせぇ……。
しかし大したことのない怪我ねー。だが、少し若干まだ足取りが危なっかしい。対した怪我でなくとも疲労などが溜まっているのだろうか。
「それに、もう十分堪能したしなー……えへへへへ」
気持ち悪っ!
と思わず言ってしまいそうな「口に出てるぞー春菊」笑みを浮かべて親父さんはその顔を十二分に緩ませた。
「お、親父殿!だめですよ安静してなくては!」
慧音が入って来た。手元にはお茶が何杯かお盆と共に運ばれてきているが、それをそばにあったテーブルにおいて親父さんの元へ行く。
「先生にこれ以上は迷惑は掛けれません、だってさ」
僕が肩を竦めて言うと慧音は困惑したようにまゆを上げた。
「し、しかしその怪我では――」
「なんの!こんな怪我俺が紅魔館の館に修理に行ったときに比べれば――」
「いや、あんた何者だよ」
こ、紅魔館ってあれだろ……?吸血鬼の住む屋敷。っていうか修理しに行っただけで怪我とかどんだけハードなんだよ。
「だが――」
尚も引き下がらない慧音だが親父は心配せまいともう一声かけた。
「先生、大丈夫ですよ。こんな状況、俺が妖怪の山で修行をしに行った時と比べれば――」
「いやいや!だからあんた何者だよ……!」
よ、妖怪の山ってあれだろ……?おっかない天狗どもとか河童とかなんか神様とか居るところだよな……?あ、でも妖怪の山の上には外来人が居たって話を魔理沙から聞いたことあるな。
「でも――」
と、やはり人間大好き慧音先生はどうしても親父を治るまで看病したいらしい。慧音、そういう気持ち分からくもないけどちょっと出しゃばり――いや、こう言うのが慧音なんだよねー。
本当、「人」に大して親切と言うか優しいと言うか。こうだから、すぐに男がよって来ちゃうだよ。いや、男に限らずね。
まぁ、そんな慧音に命救われた馬鹿もここに居るわけで。
「慧音」
僕はゆっくりと声をかける。
「親父さんの気持ちもきちんと分かってやんなよ」
「智也……?」
「これ以上ここにいたら慧音に迷惑かけるって親父さんが言っているんだからさ。分かってやんなよ」
「別に私は迷惑だなんて思ってないぞ」
そうじゃなくてなー。
僕はチラリと親父を見る。この親父さんは顔は堅物のくせに心はピュアなんだから。
ギラリと光っているような目はこう物語っている。
「(せ、先生のエプロン姿……ハァ……ハァ……)」
ダメだ。果てしないほどにダメだ。この人。
まさかの遅れてやってきた思春期。僕はタメ息を吐く。親父さんはエプロン姿で昇天しかかっているし、慧音も何かと譲らない。
ならば――
「じゃぁ、さ」
僕は慧音をまっすぐに見る。なぜか狼狽える慧音に構わず言葉を続ける。
「俺が嫌なんだよ」
「……えっ、何を――」
ええい!もう!
「だからさ、慧音の家に別の男が泊まってるって言うのは俺が嫌なんだよ」
「……」
「……」
「(先生のエプロン姿……ふぅ……)」
慧音を見続けて、同じく慧音も俺を見続ける。
「……っ」
目を逸らしたのは顔を真っ赤にさせた慧音だった。
「お邪魔しましたぜ!先生!」
「お大事に、親父殿」
結局親父さんは自分でピンピンしているところを慧音に見せつけたあとに(元気を)その足で帰って行った。なら、最初からそうしろよ、と僕は若干思う。
しかし、あれはまずかったなー。もしあのまま見続けていたのなら、僕は本気で――そう思ったかもしれない。まぁ、それはありえないわけでして。
「なぁ、智也」
「なんだよ、慧音」
「あれは――その、冗談、だよな……?」
僕は慧音を見た。困っているよな、なんともいえない表情を浮かべる慧音。外はいつの間にか夕方となっていて慧音の顔の色は見えない。
「そうだよ」
と、言って僕は心の準備を整える。くるぞ……あの頭突きが!
「そうか……そうだよな……」
あ、あれ?
僕は構えていた心の準備が音もなく柔軟に溶けて行って思わず体もそのまま抜けそうになる。
「……慧音?」
なんだかその顔はホッとしたような、ガッカリしたような、なんだかいろいろな感情が混ざっているように見える。
「智也」
僕は慧音を見る。
彼女の髪が赤く光る。
「私は半獣だ」
僕は何も言わず、ただ慧音を見た。
「智也は人間だ」
……なるほど、そういうことね。
彼女は半獣。それは変わらない。半獣と言うことは半分獣。ここでいう獣とは妖怪という意味で捉えていいのだろう。
そして、僕は人間。いくら慧音が良心的でもそこは決して変わらない。
「だから――きゃ!?」
僕は素早い動きでデコピンを額に食らわせて彼女の言葉を切る。
「と、智也……?」
僕は手で額を抑える慧音の頭にそっと手を乗せる。
「慧音……わかってるから」
これ以上の言葉はいらないだろう。
僕は慧音に背を向けて歩き出した。
「……智也!」
途中慧音が声をかけたが、僕はそれにただ手を振って答えただけだった。
……本当に良い友達だよ、慧音は。
あとがき。
あ、あれ……?これって料理SSだよね……?
ま、まぁいいや!ほのぼの時々シリアス的な路線は変わってないし!
さて、今回はハッチャケた。
慧音好きな人、サーセン。