「俺は……きっと夢をみているのだな……そうだ、そうに違いない」

「春菊!何ぼさっとしてんのよ!注文きているわよ!」

「はは……注文だって、今、朝だよ?こんな早くから客がくるわけ(ry」

「早く作りなさい!なんのために手伝ってあげているのよ!」

「うぅ……慧音―妹紅が殴ったー」

「では、私は頭だな」

 ゴツン!

 ……痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 


 情報とは恐ろしい。

 僕は思う。

 ここ数日は春菊の賑わいは凄まじいものであった。射命丸さんが『文々。新聞』を発行した翌日、朝から夕方近くまで客が途絶えることはなかった。

 いつもなら昼にしか客がこない春菊であるために、僕は腕を8本くらいにして働かなければいけなかった。

 途中、妹紅や慧音が手伝いに来てくれたがそれでも忙しいことには変わらない。何故ならここの料理を作ることができるのは僕しかいないからだ。

 ともあれ、1日で約1週間の利益を得た僕は出来上がった文々新聞を手にとった。

 忙しくてその内容は見ていなかったが、ようやく目を通すことができる。

 内容としては新聞の1面に僕の写真が貼られていた。そして『若き外来人の店主春菊』と書かれている。

 外の珍味で美味な食べ物が食べられると今、人里を握わすとかなんとか大袈裟に書かれていたわけだが、その中の文字に僕は思わず目を見張った。

『思わぬライバル店舗出現に苛立ち』

 よく見ると、中央にある『里』の店主が春菊の繁盛にイチャモンをつけているという内容だ。

 どうやらこの春菊には一度食べに来たようでまるで味がなっていないだの、妖怪が居るだのなんだのまた、店舗が汚いなどと難癖をつけ始めているようだ。

 そのことに射命丸さんが面白そうに記事が書かれていた。

「……『里』ねぇ……」

 中央の里。人しか入れない人里の人気店。人の人口増加に伴ってできた新店舗であり、その広さはかなりある。向こうでのファミリーフード店ほどの大きさだが、ここでは『大型店舗』として枠される。噂では市も掌握しているとか。

 そんな内容が書かれた文々新聞を眺めて僕は嘆息する。疲れ、縮こまった体を伸ばすためにあくびをしながら体を上へと引っ張った。

 まぁ、変な嫌がらせなどは流石にしてこないと思うがちょっと厄介な相手に睨まれたな。

 里の店主、妖怪嫌いの人間。

 この幻想郷を人の手によって掌握するべきだと考える奴。

 確かに、妖怪が人を喰らい、人が妖怪を退治するこの幻想郷で妖怪がとことん嫌いな奴なんていっぱいいるだろう。

 実際に萃香が良い例だ。

 誰かが食われればその恐怖は伝染し、嘗て妖怪と親しかった人でさえ遠ざけるようになる。
 
 僕は店じまいをするべくして外へ出る。

 ここの所『里』ができてから人間の渦が広がった気がしないでもない。噂によると夜な夜な強者を集めて妖怪狩りをしているとか。

 噂なんて勝手に生えるものだからそれが本当かは知らない。

 だが、最近妖怪と人の間の溝が徐々に広がって行っているのは確かだ。

 良い妖怪もいるのに。

 看板を下げて中に入れる。そして『営業終了』の札を立てるとそのまま店に入ろうとしてふと振り返る。

「……」

 何か居たような気がした。

 気のせいだろうと向き直ると、突如世界が暗闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 何かに落とされて僕が衝撃と共に景色が変わる。そこは1つの部屋であった。質素ながらも和風のその家はまさに武家屋敷。その部屋から見えるのは立派な庭で京都を思い出す。

「な、なんだぁ?」

 突如の出来事に僕は頭を振った。暗転したかと思ったら違う風景がそこに広がる。もしかして僕は実はジャンパー――

「貴方が春菊ね」

 声だ。女性の声。

 何か落ち着き払ったこころまで届くような声に僕は心臓を跳ね上げた。

 恐る恐る振り返ってみるとフリフリのドレスを着た金髪の女がたっていた。

「貴方が春菊ね」

 再度。今度は確定の言葉。僕は何も発せずに頷くと彼女はクスリと笑って僕のおそらく間抜け面になってあろう顔をのぞきこんだ。
 
「私の事、知っているわね?」

 知らない。その意味を込めて首をふろうとしたときに体が止まった。

 なぜだろうか。彼女とは今、ここで初めて――。

 そしてフラッシュバック。断片的に訪れる光景に、彼女の姿があった。ぼやけているためにはっきりとは判らない。
 だが、僕は彼女を知っている――?

 そして、言葉が繋いだ。
 
「八雲、紫……」

「えぇ、そうよ。大貫智也くん」

 そうだ、僕がバイトの帰り道彼女とぶつかって、謝ろうと思って近づいたら――

『貴方はどんな事をしてくれるの?』

 …………。

 ………。

 ……。

「アンタか、俺をこっちに送り込んだのは」

「えぇ、そうよ。最初はね。腹を空かせた妖怪たちの食料にでも、って思ったのだけどもね。貴方からほのかに料理の匂いがしたから」

『は?アンタ何言ってるんだ?』

『貴方は、料理人ね?』

『無視ですかーそうですかー』

「……食料っておい」

「ふふふ。冗談よ」

『貴方は料理を作るのね?』

『……まぁ、そうだが……それが何か?』

『貴方が作る料理は美味しいの?』

『美味いぜ。断言する』

『大した自信ね』

 僕は八雲さんを見て、そして彼女の目が笑ってないことに気づいた。

 ……体に鳥肌が立ち、僕は狼狽する。

「今、この世に生まれて料理人でよかったと心から思った」

「あらあら、どうしたの?顔が真っ青よ」

『私の名前は八雲紫。貴方は?』

『これってもしかして噂に聞く逆ナンですか!?お、俺!大貫智也と申します――って、え?な、なにこれ?』

『貴方が幻想郷に愛されることを願うわ』

『う、うぁああああああああああああ!?』

「あれってやっぱり境界って奴ですか」

「あら、知っているのね」

「まぁ、一応教えてもらいましたから……」

 スキマ妖怪八雲紫。大賢者と呼ばれる彼女は意外そうにこちらを見た。

「で、此処はどこでしょうか」

「私の家よ」

「何故俺は此処に呼ばれたんた?」

「あら、判らない?貴方、料理人でしょう?」

 静かに笑い彼女はいたずらそうに顔をのぞき見た。そして、僕が黙ったいると八雲さんはその理由を口にした。

「貴方、ここで料理を作りなさい」

 んなことだろうと思ったよ。

 また、厄介なことになったものである。