「ふふっ……今日もいい天気だぜ」

 
 あぁ、日差しがこんなに眩しい……。

 

「生い茂る草木、高く伸びる木、連なる木々が擦れる森の音……風情だな……」

 

 ………………。

 ……………………。

 

「でも、ここは何処だろう」

 

 

 

 

25話「雑煮」

 

 

 

 

 

 

やぁ、僕は大貫智也、しがない普通の料理人さ。巷では春菊の愛称で知られてるよ。

 

 僕の料理は世界一美味いから、春菊も最近では大繁盛。嬉しい限りだよね。でもたまに暇な時があるんだ、きっと皆忙しいんだよね。

 

 …………。

 

 うん、現実逃避はいけないな、現実を見よう。真実から目を逸らしてはいけない。

 

 さてさて、どうしたものだろうか。

 

 僕は今絶賛迷子中である。近くに山菜と川魚をとろうと出かけたつもりなのだが、どうにも迷ってしまったらしい。

 

 ……僕はどうにも方向音痴かもしれない。

 

 再度に渡る迷子に陥ってみればなんら度胸が座ってくる。うん、ちょっとやそっとの迷子じゃ取り乱したりしないぜ。

 

 悲しきことにな。

 

 さて、僕は座っていた岩から立ち上がり周りを見渡した。どうにもここは森である、だが魔法の森ではないようだ。

 

 あそこで感じられた気持ち悪さというものが感じられないのである。

 

 小一時間あそこに居るとぶっ倒れるからな。普通の人ならば。

 

 お、そういえば!

 

 僕は思い出してバックの中から羅針盤を取り出した。

 

 これこれ、すぐ迷子になっちゃうものだから念のために持ってきておいて正解だったな。

 

 よーしこれで……。

 

 クルクル。クルクル。←羅針盤が回り続ける音

 

 ………………。

 

「ふふっ、わかっていたさ、どうせこんなオチだろうと」

 

 ……。

 

 笑えねぇ。笑えねぇよ、コレ。マジどうしようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放浪には慣れている。それは度重なる迷子の経験から生かされたものだ。自慢にはならないが。

 

 羅針盤なんて役にたたない。やはりコンパスを持ってきたほうがよかった。

 こいつ、ムダにでかいし。

 

 さてさて、今回は魔法の森みたく突然倒れる心配はない、と思う。

 

 だが、魔法の森とは違って今度は妖怪に襲われる可能性もでてくる。妖怪なんて基本人型の友好的な妖怪しかしらないが、親父さんの話によるとまるっきり人外も多いとか。

 

 うん、現に目の前に居る奴ね。

 

「グルルルル……」

 

 喉を鳴らす狼ぽいなにか。獣、なんだろうけど辛うじて人であった原型も残っている。

 

 僕はそんな奴に微動だにしない。

 

「へっ、俺の右腕が疼くぜ……見ろよ、俺の足が武者震いで震えてやがる……わかるか?身体が、戦いを欲しているだ。お前にはこの右腕の犠牲に――ぎゃあ!?ゴメンなさい!ただの恐怖感からくるものです!」

 

 腕が、爪が僕を引き裂こうと空を切る。なんとか全神経を総動員して身体を動かし、そしてそれを避ける。

 

「そぉい!」

 

 着地、すぐさま足を蹴ってその場を離れる。案の定そこに奴の腕がめり込んだ。

 

「誰かー!助けてー!」

 

 叫びながらすぐさまダッシュ。ううっ、怖いよーなんだよ、あの腕力。ありえねーって。

 

 50メートル652の猛者である僕だが体力的には平均数値より若干上なだけだ。このまま全力疾走してもすぐに追いつかれるだろう。

 

 ならば!

 

「死んでみよう!」

 

 クルリと反転、バックの中から包丁を取り出して、前に駆け出す。

 

「南無三!」

 

 奴の股めがけてスライディングを行い、通り抜ける。後ろを取った俺は奴の二本足の関節を蹴って崩す。奴の体型は2メートルちょい。膝を畳めば首まで届く。包丁を喉に当てて僕はそのまま掻っ切った。

 

 中華包丁であるがマグロ解体するような大きな鉈でなければ一度生きた生物を斬れば血糊や骨が邪魔してすぐに切れ味をなくす。捨てるしか無いなーと思いながら僕は血飛沫をまき散らしながら崩れ堕ちる奴を見下ろした。

 

 いかん、吐き気が……。

 

 妖怪なんて初めて斬ったわけだし、生の血しぶきと骨と肉を断つ感触に腕が震えた。正直、やらなければよかったと後悔するが、やらなければ殺られていたのは僕の方だ。

 

 と、いうか。

 

 今さらながら身を震わせて口元を緩くする。

 

 よく一発で成功したな、すごく出来すぎな気がしないでもないが、なんというか、うん。我ながらすごいや。

 

 もしかして、僕ってカッコ良いのではないだろうか。

 

 ……ゴホン。

 

「……」

 

 手を合わせて合掌。冥福を祈った後に僕はニヒルに笑いかけてみる。

 

「悪いな、せいぜい冥界で僕に会ったことを後悔するといい」

 

 以上、一度は言ってみたいセリフでした。

 

「さーて、早いとこ人里n『グオオオオオオオオオオオオオオオ!!』……え、マジで?」

 

 恐る恐る振り返ると首から血を流しながら、濁った声を出す狼ぽいなにか、

 

 2本足で立ち、グルグルと呻く度に血が泡を立てる。

 

 僕はその威圧、驚き、そして恐怖に足がすくんだ。動けと思うけれどいよいよ動かない。何を、さっきは動いたじゃないか!動け!

 

されども、足は動かず、奴の腕がゆっくりと上がる。あれが振り下ろされれば僕は間違いなく死ぬだろう。

「……っ」

 

 声も出せない。

 

 何故その場を離れなかった?僕は馬鹿だ。何を優越感に浸っていたのだ。何を慢心していたのだ。僕は普通の料理人、あっちは妖怪。

 

 生命力の違いに何故気づかない!

 

 僕は目を瞑り、次に来る恐怖と痛みに耐えようと身を硬くして――

 

「あやや、春菊さんじゃないですか」

 

「しゃ、射命丸さん……?」

 

 次にくるあまりの安堵に思わず意識を手放した。