魔理沙の家から帰ると、なぜか慧音に頭突きされました。理由を尋ねると、「なんとなく」だそうです。
理不尽だ……。
「糟湯酒」
相も変わらず、今日も春菊は絶賛赤字営業中。今日のお客さんは未だに零。なんか、こう。ここまで来ると妙に清清しいというか、なんというか。
僕は一人調理室で早速届いた魔理沙の野菜を油で揚げて、一人呟いた。
「お客さん来ないかな〜」
やはり、問題は外装だろうか。僕も最初は「え、こんなところにあったの?」みたいに感じたし、もっと、派手に宣伝でもしてみようかな。一番いいのはこの春菊を改築することなんだろうけれども。当然そんな予算はない。
しばらく、考えていると、扉が開いた。古い扉が軋む音を立てる。
「いっらっしゃい」
どうせ、覗くだけで入らないのだろうと、思っていても営業スマイルは怠らない。
「お。ここにするか」
その言葉と共に小さな子供が入ってきた。小柄な体を揺らせて僕が居る調理室近くのイスに座る。テーブルを軽く叩いて一声
「店主、お酒」
わーお。すごいのが来ちゃったZE☆
子供だ。うん、どっからどうみても子供だ。体格は小柄。僕の半分くらいしかない。でも、頭に角が2つほど生えている。あれは、つまりガゼル?いや、幻想郷というくらいのだからつまり妖怪なのだろう。
えーと……鬼?
「店主、お前は妖怪は平気か?」
僕が突っ立っていると、子供が話しかけてきた。僕がいつまでも動かないところを見て、ちょっと不安そうにしている。
「あ、いや、別に何かしようってことじゃないんだぞ?ただ……嫌ならおとなしく出て行くけど……」
「べ、別に大丈夫ですよ。ただ、ちょっと見た目子供がいきなり店きて酒!なんて注文するもんですから。驚いたというかなんというか……。その、貴方はやっぱり鬼、さんですか?」
「うん。立派な鬼だよー。もう何百年は生きているね」
なるほど。と、いうわけはもう何百歳ってわけか。そ、それならお酒出してもいいよね?
「えっと、他にご注文は?」
「うーん。酒に合うやつで!」
早速調理場に戻って、すぐさま準備に取り掛かる。しかし、取り掛かって気がついた点がある。
あれ……食材あんましないぞ……!
常に赤字経営をしていた春菊の食材庫にはめぼしい食材は一切ない。あるのは調味料と送られてきた魔理沙の野菜と山菜と保存が利くハムとか。
くっ!これでどうやって酒にあう料理を作れと!?
それに、お酒もあんましない。あるのは日本酒2本しかない。でも、まぁこれは春菊の中でも結構値がはる上等ものだ。鬼さんにも満足してもらえるだろう。
いや、しかし、問題は料理だな……。
お酒に合う……?つまみみたいにすればいいかな?
丁度山菜もあるし、適当に油で揚げれば――あ、油がもうない。
な、なんってコッタイ!僕は、慌てて裏倉庫に回り、在庫を確認する。
「なん、だと……!」
なんとか見つけたが到底、揚げ物に使えるほどの量は残っていない。
「仕方がない」
ちょっとため息を吐いて僕は調理場に戻る。
使えそうなのは、筍か生ハムあたりか。筍はちょっと辛めに作って、生ハムはさっぱり系で作ろう。
早速準備に取り掛かる。
どうせ、もう客はこないだろう。と調味料を惜しみなく使った。
まず筍。これは一度食べやすく切って両面を焼く。丁度良く焼けたら油を濾す。後で炒め物にでも再利用しようと思う。
そして、次はにんにく、唐辛子、オリーブオイルを適量で加える。
これで塩コショウを加えれば一応は完成だ。その次は生ハムか。生ハムは冷蔵庫がないこの春菊では結構に活躍している食べ物。常温でおいておいても大丈夫なためにハムだけは大量にまだ残っている。しかも、色々バリエーションが豊富なために、今の春菊ではメインな食材だ。
ハムを使った料理は結構色々試したためにスラスラと出来る。
玉ねぎを繊維に沿って薄く切り、鍋にバターを熱してしんなりさせる。さて、ここで覚悟の決断だ。
コンソメスープである。さっぱりとした味にしするために、ハムは生のまま使い、レタスにコンソメスープを使ってクリームスープを作ろうと思う。
しかし、このコンソメ。僕がかなり時間を掛けて作った手作りなのだ。本来ならばコンソメなんてキューブ型の市販で売っているやつを使えればいいのだが、なにせ幻想郷にそんなものは売っているわけがない。
暇をもてあましていた僕が3日間かけて作ったコンソメをはたして、今ここで使うべきだろうか。
……ま、いいか。どうせ客なんてこないし。
僕はレタスをざく切りにしてスープと共に砂糖を少々入れる。とろみができるまで混ぜたら塩で味付け。後はハムを添えるだけで完成。ちょっと物足りない気がするので適量のオリーブオイルと胡椒をかける。
うん、われながらいい出来だ。
「お待たせいたしました。お酒と料理です」
足をブラブラさせて暇そうにしている鬼さんの前に料理を置いてやる。
「おー美味そうだ」
と、いいながらも先に手がお酒に行っている。日本酒のふたを抜くとそのまま口をつけてがぶ飲み。
おいおいおい。日本酒だぜ?いいのか?そんなに一気にアルコールとって。
と、心配する僕をよそに鬼さんは次々と飲んでいく。
料理を食べろよ、料理を。
「じゃ、いただくね」
鬼さんはそういうと酒をまた一口含んだ後にやっと料理を口に運ぶ。
「あらー。うん。なんか不思議な味だね」
それはおいしいのだろうか、「個性的」なのだろうか。
「すごく美味しいよ!コレ。なんかすごいな。酒とすごくあってる」
「ありがとうございます」
ほっと胸を撫で下ろす。なにせお客様第一号だからな。そりゃ少しは緊張する。
しばらくたって、料理も酒もすべて飲み終えた。おかわりを求めてきたけれど僕は首を横に振った。
「申し訳ありませんが、この春菊は赤字経営でして。今のが最後の品でございます」
「そうかー。人いないもんね。ここ」
ちょっといま、グサってきた。
「美味しいのになー。でも、まぁ人が居ないおかげで私も酒と美味しい料理が食べられたし。それはそれでいいかな?」
「ん?それはどういう意味ですか?」
「あ、えーとね。今日朝眼が覚めて、お酒飲みたいなーと思って知り合いのところに行ったけど留守で、それで仕方なく人里に下りたんだけど、なんか皆ピリピリしっちゃってさー。店に入るなり『出て行け―』って」
それは、いくらなんでも酷すぎるな。
「まぁ、人里には私たちのようなものを嫌っている人たちもいるけど、いつも通っていた店にも追い出されちゃって。私、何かしたのかなーと思って寺子屋で先生やっている知り合いに聞いたら、先日ここに住む人が妖怪に襲われて食われちゃったんだって。それで皆ピリピリしていたらしいの」
あぁ、あれか。僕も聞いたことがある。というか慧音の知り合いなのか、この鬼は。
「でね、お酒飲めないから段々苛々してきたら寺子屋の近くでここ見つけてね。貧相だなーと思って覗いたってわけだよ」
貧相って……まぁ、大体合っているけれども。
僕はちょっとため息を吐く。なるほど。それでここに来たのか。しかし、これはチャンスだな。この子を常連にすれば……!なんとか持ちこたえるかもしれない!
僕は気を引き締めながらも、にこやかに顔を緩ませて鬼に話しかけた。
「えーっと「萃香だよ」萃香はどうだった?ここの料理は」
「うん。美味しかった。すごく美味しかった。でも、ちょっと残念だよね」
「な、なにが?」
「私、お金持ってないの」
「…………なんですと?」
「今、気がついたんだけど。どっかに落としてきたみたいで――わっ、わっ!本当にゴメンてば!私も今気がついたんだよ!」
「……」
「その、その……はっ!そ、そうだ!ほら、ここって今赤字で食材不足だったよね!私にちょっとした顔があってさ!知り合いにお酒と肉を春菊に送るように頼んでみるからさ!」
僕は萃香の角を持つのを止めてハッと我に返る。そして、萃香の言葉を復唱する。
「酒と肉を春菊に送る……?」
「う、うん。山の仲間にね。酒と肉を生産している知り合いが居てね。そいつに頼んでみるから、今回は許して!」
「……それは永続的なのか?いくらぐらいかかる?」
「え、えーと、そういうのよくわからないけど、私はいつもタダでもらっているよ」
「……」
「だ、だめかな……?」
「ありがとう!」
僕は思わず萃香の手を握りしめた。萃香はうろたえているが、おかまえなしだ。なんて、ラッキーなんだ。いやー肉等は結構値がはるから困っていたんだ。
いや、しかし。本当にいいのだろうか。お金とか払ったほうが……。
「別に問題ないと思うよ?そいつ、気さくでいい奴だしさ。私が頼めばバッチグーだよ!あ、でもこのことは他人無言だからね?」
僕は何度も頷く。
「勿論だとも!」
萃香はその言葉を聴き、胸を撫で下ろしたようだ。
「うん。良かった。あ、後さ。一ついいかな?」
「ん?」
「あのさ、条件といっていいのかな?……また、ここで酒と美味しい料理を食べさえてくれないかな?」
「いいよ。萃香なら大歓迎だよ」
「ありがとう!」
ちょっと照れて笑う萃香はかなりかわいかった。
萃香が去った後、春菊の中ではしきりに「YES!YES!」とか「FOOOOOOOOOOO!」とか。
わけの分からない言葉を叫ぶ声が聞こえた。その言葉を聴き、春菊の扉を開きかけた白黒魔法使いが、顔を真っ青にしてきびすを返して飛び去っていく姿が見えたと言う。
その後、心配して駆けつけた慧音が中で踊り狂う智也を頭突きで黙らしたのは言うまでもない。