熱気で汗がにじみ出る。それでも、まだ必死に手を動かし料理を続ける。
「はい、焼きそば上がり」
焼きそばひとつ客に渡してまた次の料理へと取り掛かる。
「すいませーん!この……『お好み焼き』というものくださーい」
「はーい」
今、屋台春菊は結構な盛り上がりを見せていた。
「厚揚」
屋台でのメニューは大抵、簡単に作れる物だ。屋台をやっていたからだろうか、鉄板は春菊にあった。念入りに手入れされていたらしく、とても使いやすい。
ただ、ものすごく暑い。
ガスを使って鉄板を焼くのではなく、そのまま直火で当てているので料理する側はいわゆるサウナ状態が続いている。
仕方ないので上半身裸で挑もうとしたがなぜか4人に止められた。
こまめに水分はとっているが暑くて敵わない。
ただのお持ち帰りでの屋台というのもあったが、ちょっとした改装を行いテーブルとイスを少し並べた。これなら座って食べられる。
具体的な屋台のメニューは屋台の王様「焼きそば」は勿論の事、定番の「お好み焼き」「焼きとおもろこし」と「フランクフルト」に「魚の串焼き」などだ。
材料などは安価というかほぼタダなので安く売り出した。慧音に許可をもらって寺子屋の前に場所を取った。慧音の寺子屋は人里では結構有名な所だから人を集めやすいと考えたのだ。
「春菊のにーちゃん!魚の串焼きと焼きそば!」
「了解!」
またひとつ注文が入った。
焼きそばなどは焼いていると必然と香ばしいソースの香りが漂ってくる。その臭いに釣られてやってくる人も多く、目安のお昼ピーク時ではちょっとした行列が出きていた。
人が並び、僕の作った料理を食べてもらえる。その事に僕は今までにないくらいの興奮と感動を味わった。この幻想郷で僕の料理は通じる!おいしいと言ってもらえる!
「春菊!酒はあるかい!?」
「もちろんですとも!」
例え客の9割がおっさんで占めていることとなっても!
ちょっとしたピークは過ぎて今は3時くらいだろうか。客足も遠のいてきた。慧音が言うには子供たちが帰宅する時間は4時と言っていたからあと1時間近くある。
「くー!春菊のにーちゃん!いい酒持ってるねー」
「ありがとうございます。……でもいいんですか?昼間からそんなに飲んで」
「バーロー。俺は昼から飲まないと死んじまうんだよ」
さて、お客との会話も立派な仕事である。
僕は先ほどから1時間半近くここに居座る親父の愚痴やらなんやらを聞きながらまたもうひとつ酒を追加する。
……大丈夫だろうかこの人。お金的な意味で。
「いやーほら、春菊かー。こんなうまい店、俺ッチ今まで知らなかったぜ。まったく、人生の半分は損したみたいだなー!」
ちなみにこの人はすでに出来上がっている。
「俺も親父さんのようなおもしろくて、かっこいい、お人がこの近くに住んでるなんて知りませんでいたよ。俺も人生の半分は損しましたね」
「くー!言うねー!!」
またひとつ空にして親父さんは顔を真っ赤にしてせせら笑う。
「親父さんは大工をなされているんですよね」
「おうよ!大工で鍛えられたこの男の勲章!」
そういって力瘤を作ってみせた。親父さんの筋肉が一気に凝縮し、有り得ないくらいに盛り上がる。
「うぁスゴ!親父さん鍛えてるんですか?」
「大工の仕事は鬼との共同作業もあるからなー!鬼さんの作業に合わせてりゃ自然とこうなるさ」
へー。僕は自然と声を漏らした。案外、人と妖怪はうまく共存できているのだろうか?
「親父さんは妖怪とか平気なんですか?話を聞くと結構妖怪を恐れている人や嫌う人が多いって聞いたんですけど」
「んぁ?いやーなんというか。俺ッチも昔は妖怪って言うのを恐れていたという嫌っていたんだけどよ。そうだな、大工として板が付いてきた頃に先輩に連れられて鬼と一緒に仕事したときになんか、妖怪がどうとか、そんな偏見ぶっ飛んじまってよ。鬼の手先、一つひとつが輝いているように見えてその日からかな、妖怪にそういう意識が持てなくなったのは」
グイッとまた酒を飲む親父さん。
「大工っていうのは職人業だからな。自分よりも何千倍も上手い奴を見ると妖怪だろうかなんだろうが認めちまうんだよ。『あぁ、こいつは本当にすげぇな』って。実際、俺の大工仲間なんかは全然妖怪とか気にしない奴らばっかだぜ。それどころか、仕事が終わったら鬼さん交えて宴会を開いたりする」
「そうなんですか」
「今の若造どもは妖怪がどうとか、ここは人の場所だとか、王国だとか。妖怪を一切断ち切ろうしているアホ共が多い。ここ数年じゃ人里の人口も増えてここが人間だけが住むべき場所だと勘違いしているアホばっかだぜ。……知ってるか?3丁目の『里』っていう最近できた大きい料理店。あそこ『人間様だけ』入れるんだとさ。妖怪や妖怪のハーフなんかもNG。まったく馬鹿げてるぜ」
それなら知っている。僕が春菊を継いだ頃にできた大店舗料理店。春菊の3倍はある大きさで里のほぼ中心部に店舗を構えており妖怪などは一切出入り禁止だという。
一度だけ訪ねたことがあったが、実際に話してみてどうもいけすかない坊ちゃんが店主をやっていた。
「にーちゃんは勿論違うよな?」
ギロリと睨まれて僕はそれに反して笑顔を返した。
「勿論ですよ。僕の知り合いに妖怪はいますから」
そいつはよかった!と大袈裟に笑う。
「本当に妖怪が好きなんですね。親父さん」
「よせやい!そんなんじゃねーよ。ただ、男して、一大工として鬼さん共を俺は尊敬しいるだけだぜ」
サイですか。っと、結構話こんでしまった。もうすぐ時間である。
「親父さん、そろそろ」
「なんでぇい、もう終いか」
「ちょっと、ね」
仕方ねーな、と言いながら金を払い親父さんは立ち上がった。ちょっとフラフラしている。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。こんなん、鬼との飲み会に比べればたいした量は飲んでないぜ」
コーンコーン……。
ちょっと軽い鐘の音がなる。寺子屋終了の合図だ。
「お、今日は4時か」
親父さんが寺子屋の方をみてつぶやいた。
「そうですねっと」
僕も早く完成させなければ、でないと……。
「うぉおおお!一番―!!春菊のにーちゃんいつもの!」
「いつもの!」
「あ、抜け駆けするな!」
「ちょっと押さないでよ!」
「おぃ!弾幕飛ばすな!!」
寺子屋には何度も給食を作りに行ったりたまにお菓子を作ってあげたりする。だからか、すっかりとここの子供たちに懐かれてしまった。
「はいはい!押すなよ、割り込み禁止!そこの女の子!弾幕禁止!!」
と、毎度ながら僕が遊びにくるとなにかとねだってくる。今日は慧音が僕の屋台のことを行ったみたいだから、授業が終わった途端にすぐ走ってきたのだろう。
「お金もってきたなー」
「「「おー」」」
「よし、じゃ順順番な!」
と、言ってカンを置く。そこに子共たちは小銭を入れていき、変わりに焼きとうもろこしやバナナチョコなどを持っていった。
「なんだ、春菊のにーちゃん。こいつらとよく遊んでるのか?」
「あ、はい。慧音の代わりに勉強を教えたり給食を作ってやったり――」
と、言った所で親父の目付きが変わった。
「今、なんて言った!?」
いきなりの怒涛。僕はびっくりして肩を竦めた。
「あ、大工の親父また切れてる」
と、純粋(?)な子供は得に臆することもなく互いのフランクフルトやバナナチョコなどを交換しあっていた。
「え、あ。あの……」
僕は突然のことに動けないでいた。大工の親父は相当でかい。190センチはあるだろう体が僕を覆う。そして、がっちりと肩をその大きな手で掴まれた。
「にーちゃん……」
喉の奥から絞りだすような声。
「は、はい!」
「けけけけけけ、慧音先生と仲がよよよよよ良いのか?!!!?一体、どういう関係だ!!?」
……はい?
「そ、その。どういう関係とは……」
「慧音先生とぉ!『イチャイチャ』するぅ!関係なのかぁ!?」
くゎ!と目を見開き充血をほとばしる。正直、足が笑ってやばいです。
「あ、いやその――」
「私がどうかしたのか?」
と、慧音がやってきた。親父さんの目線が慧音に移る。その瞬間、僕は投げだされた。
「ぎゃ!」
短い悲鳴を上げて地面にキス。そんなのおかまえなしに親父が緊張した声を張り上げた。
「こここここ、こんにちわ!慧音先生!いやー偶然ですね」
「大工の親父殿じゃないですか。また貴方は昼から飲んでいたのですか?」
「いやー仕事のない日は案外暇でして」
僕は立ち上がり、ホコリを叩いて落とす。な、なんだ?あの親父が照れ笑いを浮かべているぞ。
「ダメですよ。お酒の取りすぎは、体に毒です」
「いやーそうですね。そろそろ止めようかと思っていまして」
……あれ?飲まなきゃ死ぬとか言ってなかったけ?
「あああああのですね慧音先生。ちょっとお尋ねしたいことが」
「なんでしょう?」
「春菊との関係はどのようで?」
いきなりの質問にちょっと慧音は面を喰らったような顔をしてそしてすぐ笑顔になる。
「智也とは『親しい仲』ですよ」
……………………。
「うぁあああああああん!春菊の馬鹿野郎おおおおおおおおお!!!」
大の大人がさめざめと泣きながらこちらに向かって走って……キタ━(゚∀゚)━!
「ま、まてー親父さん!!誤解だぁあああ!」
その後、人里中を走りまわる大男と料理人が目撃され、ちょっとした話題となった。