この前行った屋台は思ったより大繁盛。春菊は少なからず黒字です。そればかりか、あの屋台のおかげでこの春菊にも人が入ってきました。屋台で十分に宣伝したからな、ちょっと嬉しすぎて涙が出来てしまう。
 
 と、まぁ春菊もようやく軌道には乗ってきたみたいだ。

 でも、僕はここからが本当の正念場だと思っている。

 

 

 

「素麺」

 

 

 

 さて、僕は今人里離れた所に居る。勿論のことながら道案内人の魔理紗が一緒だ。出かけた理由は出前である。2日後に行わる博麗神社での宴会での料理を作らなければならない。ので、この2日は店は休みである。

「ほら、着いたぜ」
 
 と声がしてみれば、顔をあげると石段がそこにはあった。そして顔をさらにあげる鳥居があった。ふむ。たしかに神社である。しかしながら人里から少しばかり離れすぎではないだろうか?

 こんな処に参拝者が来るのであろうか?

 魔理紗の後に付いて僕も石段を上がる。調味料やら器具やらを持ってこの石段を上がるのは少々難であったが無事到着。

「よう霊夢、連れてきたぜ」

 と魔理紗が神社前に居る巫女に話しかけた。どうやら境内を掃除中らしく箒を手に持ちゴミを払っていた。

 巫女さんの視線が僕に移る。

「あんたが春菊ね?」

 その言葉に頷き僕は一度会釈をした後に言葉を続けた。

「どうも。今回貴方様の宴会の料理を作りさせていただきます、春菊の大貫智也です。以後お見知りおきを」

 と、手を差し出す。所謂握手だ。

「……調理場を案内するわ。付いてきて」

 その手を掴むことなく霊夢は身を翻しながらスタスタと奥へ行ってしまった。僕の行き場を無くした右手が虚しく虚空を掴む。

「じゃ頑張れよ〜」

 魔理紗の気の抜けた応援が背後に突き刺さる。

 ……すごく、キマズイです。

 

 

 


 さて、霊夢に案内されてたどり着いたのはちょっと古い調理場。それでも使い込まれているいか何か暖かい感じがする。

「ここが調理場よ。一応はすべての器材が整っていると思うけれども不備があったら自分のを利用して」

「宴会の時間は確か8時くらいでしたよね」

「そうよ。もし、なにかあったら私に言ってちょうだい。じゃ、頑張ってね」

 と、一度立ち去ろうとして霊夢はもう一度振り返った。

「あ、そうそう。魔理紗が貴方を勧めたのだから一応は信用するけど、もし『変な』間違いなんか犯したら貴方を消すから」

 それだけ言って霊夢は立ち去っていった。

「……なに、あの子。怖い」

 僕は殺気というものを人生初に体験した。



 
 さて、宴会の準備に当たってまず最初の準備とはなんだろうか?と考えるとまず先に料理よりも部屋の清掃である。霊夢に清掃道具一式借りて宴会会場を教えてもらった。なぜか驚いたあの顔が忘れられない。

 なにせあんな怖い顔をした後だから。

 さて、一応は榊もあるみたいなのでまず一礼。そして丁重に扱ってそれをどかした後に濡れ雑巾で丁寧に周りを拭く。畳はまず最初に箒で軽く掃く。ここら辺はやはり掃除されていたために軽目に終わらす。箒を掃き終わったら、バケツを持ってきてそれを人肌程度に温めた後に雑巾で丁寧に拭く。本当は洗剤や消毒液を少し入れて薄い希釈液を使えればよかったのだが、まぁ、大丈夫だろう。

 拭き終えたらドアを全開にして畳を乾かす。

「よし、綺麗になった」

 見た目前とさほど変わらないが、ようは気持ちの問題だ。雑巾がけしたほうがすっきりする。

「別にそこまでしなくていいのに」

 呆れた、とでも言いたそうな顔で霊夢が襖の近くに立っていた。

「私が頼まれたのは『宴会の準備』ですから。皆さんが楽しい宴会となるようにするのが私の仕事です」

 そう言って僕が営業スマイルデ微笑むとさして興味無さそうに「ふーん」と呟いた後に奥へ消えて行った。

 ……無愛想な子だな。なんつー可愛げ無い。

「ま、どうでもいいか」

 宴会準備はまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 10人以上という大きな宴会、メニューは色々迷っていたがやはりここは肉メインの料理を出すことにした。少なからず僕が手がけてきた宴会料理と言えば鯛もまたしかり、フグであったり鮪であったり、海鮮物の刺身などが多い。だがここは幻想郷。当然海鮮物なんぞ(塩やらは別として)あるわけもなく、魚は川魚だけ。川魚にしたって生で食べるのは危険すぎる。

 川魚の生は寄生虫やら臭いなどの問題がどうしてもぬぐえないのだ。

 さて、それならば必然とメインは肉となってくる。持ってきた食材の中から厳重に保管された肉を取り出す。萃香が持ってきた最高級品の豚肉である。

 これを岩盤焼きにでもしようかと思ったが大人数であることを考えるとそれは何かしっくりこない。大人数でかつ、ちょっとした楽しみがある料理がいい。そう思って考えついたのが「しゃぶしゃぶ」である。

 さて、冷やしゃぶでもよかったが折角なので普通のしゃぶしゃぶにしよう。本来ならば昆布出しを使うが、今回は白菜などを使った出し汁を使おう。

 さて、あと宴会まで2時間を切った。

 


 


 

 辺りが騒がしくなってきた。それを意味する事はひとつしかない。

「春菊。皆揃ったわよ」

「あ、はい!もう上がりました!」

 なんか、すんげードキドキしてきた。

 高鳴る心臓を抑えて僕は料理を持って宴会場に向かう。畳の部屋に急いで持って行き準備を手早く済ませる。旅館でこういった作業は女将(親父とお袋の古くからの親友)に何故か叩き込まれたので机に料理が並ぶ作業は僕ひとりでもものの数分で終わった。

 さて、後はまだ重要な仕事が残っている。

 やべ、ドキドキしてきた……。

 

 

 

 

 私は春菊からの頼みで宴会メンバーは違う部屋で待機させた。メンドクサイと思ったが一応はそれに従った。ようやく春菊から準備が整ったとの連絡を受けた。

 そして、宴会が行われえる部屋に入った時に私は唖然とした。後に居る宴会メンバーたちも息を飲むのがわかった。

 見てもわかる、華やかさと豪華さ。ひとつひとつ切れに飾ってあって見るだけで不覚ながら唾液が出て食欲をそそる。

 部屋も前とそんなに変わったようにも見えないが綺麗で暖かく感じる。

 そして、その料理を前で深々と正座して頭を下げる春菊が居た。

「皆様、初めまして。人里で料理人をやっています『春菊』で御座います。以後、お見知りおきを。今回は恐れながら皆様の宴会の料理を作らせて頂きました」

 顔を上げた春菊の顔は笑顔そのものだった